【藤井聡】スキーバス転落事故の背景には、小泉竹中「規制緩和」があります…



(1)事故の背景に、バス運営会社の数々の法令違反あり
1月15日、長野県軽井沢町でスキーバス転落事故が起き、15名がなくなるという大惨事となりました。

この事故以降、様々な事実が明らかになり、さまざまに報道されています。その中で、バス運営会社「イーエスピー」に様々な法令違反があった事実が明るみになってきています。
http://www.sankei.com/premium/news/160124/prm1601240026-n2.html

第一に、法令で決められている「下限価格」を下回る金額で受注していたという事実が明らかになっています。

政府は、あまりに安い金額で業者が受注しだすと、「安全管理」が疎かになり、今回の様な事故が生ずる可能性が必然的に高くなるため、(貸し切りバスについては)最低価格を設けているのですが、それを下回る金額で受注していた、という次第です。明らかな違反行為です。

第二に、法令では、貸し切りバス事業では、「運行指示書」を(会社から運転手に対して)作成する必要があるのですが、「運行指示書」にルートの記載がなく、出発地と到着地しか書かれていなかったとのこと。

現在の国交省がつくった制度では、この運行指示書を作ることで、「自然に安全確認に必要な手順を踏むことができるようになっている」のですが、それを作っていなかったという事は、必然的に「危ない運行」になってしまうという次第です。これもまた、明らかな違反行為です。

その他、

・運転手の健康面の管理のために必要とされている当日の点呼に社長が遅刻し、点呼ができていなかった、
・運転手の中に明らかに過重労働の者がいた、
・法律で定められている健康診断や適性検査を実施していなかった、
・しかも、今回の運転手は、経験不足の運転手であり、運転手本人が大型バスの運転に不安を訴えていたにも関わらず、運行させていた、

といった事実も明らかになっています。

つまり、今回の事故の直接的背景は、バス運営会社それ自身が「不適格」な業者であり、「違法行為」を重ねていたという事実にあることは明白です。

(2)バス会社の違法行為の背景に、「規制緩和」有り
なぜ、こんな「違法行為」を重ねる「不適格」な業者がバス事業をやっていたのか―――その背景には、明確に2000年に行われた

「バス事業の規制緩和」があります。

今回のツアーバスの様な事業(貸切バス事業)は、2000年までは、

「免許」

が無ければ事業をすることができませんでした。

この「免許制」が、自由な競争を妨げている、という、(新自由主義の)イデオロギーが1990年代後半から小泉政権に至る流れの中で徹底的に批判されました。

そしてその結果、バス事業において「規制緩和」が断行され、「免許制」がなくなり、「認可制」へと移行したのです。

この、「免許制」と「許可制」の大きな違いは、「行政権限の強さ」にあります。

免許制なら、「免許を与えない」という形を通して、不良不適格業者、それ自体を排除することが簡単にできます。

だから、もしも、規制緩和がされておらず、未だに「免許制」が存続していたのなら、今回の様なダメな業者が、ツアーを組むこと自体があり得なかったのであり、15人の尊い人命が失われることもまた、あり得なかったはずなのです。

この意味において、今回の惨事の背景に、バス事業の「規制緩和」があったという事実は、何人たりとも否定できはしないのです。

(3)命がかかわる問題は、「事後チェック」でなく「事前規制」であるべき。
しかし「許可制」となった今でも、この事故を防ぐこともまた、不可能ではなかったはずだ、しっかりと当局(国交省)が、

「一つ一つのバス事業を、細かく、詳しくチェック」

してさえいれば、今回の惨事は未然に防げたはずだ、という意見もあります。
(※ たとえば、高橋洋一氏の下記論考は、それを主張しています。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47417

しかし、それはあまりにも現実を顧みない、「机上の空論」に過ぎません。

もちろん、そうした「事後チェック」型の規制強化でも、それが

「完璧」

である限りにおいて、事故は防ぐことは可能だったでしょう。

しかしそのためには、「免許制という事前規制」よりも、格段に巨大な「コスト」がかかるのです。

「事前規制」であれば、一定の基準を満たさないバス業者のバス事業を全てストップさせることができます。一旦免許を与えないという「簡単」な判断さえしさえすれば、後は、行政側にほとんどコストはかかりません。

しかし「事後チェック」で事故を未然に防ごうとすれば、どれだけ「不良・不適格」な業者でも、その業者がやろうとするバス事業の「全て」をいちいち詳しく調べなくてはいけなくなります。

そして、「これは問題では!?」という事業が見出せたら、それを「ストップ」させるための行政権限を「逐一」発動しなければいけなくなります。

したがって、こうした「事後チェック型の安全管理」を行うためには、事前規制よりも格段に多い「事務量」が発生すると共に、逐一行政指導を発動するための「より大きな権限」が必要になります。

ところが、現実の行政の現場では、「小さな政府」や「予算を削減する緊縮財政」を志向する流れが世論の動向も含めて強烈に存在し、それだけの事業量をこなすに足るだけの十分な「公務員」やそれを実施するための「予算」を確保することも、現実的に、

「不可能」

な状況にあるのが実態です。

しかも!

そういう不良不適格業者は、事業差し止めの判断を当局が下したとしても、しばしば、「その行政権限の発動は、独占禁止法違反だ!」という形で、司法に起訴することも想定されます。

もちろん、今回事故を起こした業者がそうした訴訟を起こすことは無かったのかもしれませんが、訴訟を起こす業者が出てくることは十二分以上に考えられます。

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実際、タクシー業界ではそうした訴訟が日常茶飯事となり、行政権の執行が著しく制限されることもしばしばなのです。

こうした現状を鑑みれば、貴重な人命を救う事が可能な制度としては、「自由競争を是認した上での事後チェック型」の制度は

「現実的に著しく不適切」

なのであり、かつての免許制の様な「事前規制型」の制度を採択しておくことが現実的に唯一取りうる方法だったのではないか―――という実態が浮かびあがってくるのです。

なお、筆者はもちろん、「自由化」することのメリットが存在することそれ自身を否定するものではありません。そういうメリットも存在することも事実ではないかと思います。

しかし、そのメリットの影に、現実的には安全が脅かされる状況に、利用者一人一人が晒される、という巨大なデメリットが存在することは否定しがたいのです。

こうした現状を踏まえるのなら、バス事業を含む運輸事業の様な

「人命」

が関わる問題においては、軽々に「自由化」「規制緩和」を行って、「事後チェック型」の制度を易々と採用する態度ではなく、かつてのような免許制に例示されるような「事前規制型」の制度を採用する様な慎重な態度が求められるに違いない、と筆者は考えます。

(4)最後に:「規制緩和」に関わる「デマ」にはご注意を
ところで、以上の筆者の様な議論にはもちろん、「自由化」「規制緩和」が「善」とされる社会的風潮の中では、様々な反発があります。

そんな反発の中には、一見もっともらしく見えてしまうようなものもあります。

例えば、先に紹介した「事後チェックを強化せよ!」という論者の中には、「規制緩和後、事故が増えたとは思えない」という「データ」を「紹介」する記事もあります。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47417?page=2

その「データ」は、キャプションに「(資料)国交省 自動車運送事業用自動車事故統計年報」と書かれているのですが、この(資料)
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/subcontents/data/statistics56.pdf
には、上記「記事」に掲載されているグラフデータは存在しません(!)。

細かく申し上げると、「平成17年まで」には、上記「記事」に存在するデータは見られるのですが、「平成17年以降」には、その「記事」に掲載されているデータは見られません。

この点について「作者」に問い合わせたところ、このデータは「作者」が独自に推計した、というお答えをいただきました(この事実については、1月23日に放送されたテレビ番組で示唆されています。なぜ平成17年前後で異なるのかと言えば、筆者が国交省に問い合わせたところ、その前後で、統計の取り方が変わったからだそうです)。

一方で、国交省が公表している資料、
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/subcontents/data/statistics56.pdf
の「図3-4-1」をみれば、次のように、実際に、規制緩和以後、事故が増えている様子が示唆されています。

すなわち、「貸切バス」の「乗務員を起因とする事故」規制緩和直前のH11年では、営業一億キロ当たりで2.0件だったところ、規制緩和直後のH12年では、その1.5倍以上の3.1件に増えています。その後、低下することもありましたが、基本的に規制緩和前の水準にまで低下したことは、H21年を除けば一つもない、という状況となっています。

(なお、「乗り合いバス」については、H14年に規制緩和がされているのですが、(それ以前からも事故が増加傾向にあったとはいえ)規制緩和直前(H13)の一億キロあたりの運転手を起因とする発生事故件数は、8.6キロからH14年度以降はずっと高い水準をとっています。)

あるいは、総務省の下記報告書にも、規制緩和によって、事故が増えた様子が明記されています。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000080871.pdf

「当省が平成 21 年5月に貸切バスの運転者を対象に行ったアンケート調査(配布運転者数 500 人、有効回答数 136 人(27.2%)。以下「運転者アンケート調査」という。)において、勤務状況が規制緩和の前後でどのように変化したかについて調査したところ、136 人の運転者のうち、半数近い64 人(47.1%)の運転者が「悪化している」と回答している。この中には「残業代を増やすためには休息や休日を入れない連続勤務や一般路線バスに乗務した後に貸切バスを運行するなどの無理な運行をせざるを得ない状態である。」といった意見があるなど、貸切バス事業者の経営悪化による運転者の勤務状況への影響がみられる。」

しかも、上記「作者」が紹介しているグラフからも、貸切バスの事故数については、規制緩和「前」の1999年までは減少傾向にあったものが、「2000年」に増加し、その後、微増していく状況にある、とも解釈できます。したがって、この「作者」のグラフから「このデータから見て、『規制緩和によって事故が増加している』とはいえない。」とは「言えない」としか言いようがないものと思われます。

こうした状況を鑑みれば、規制緩和が事故を増加させた要因であることは、否定しがたい事実であるように思われます。

それと共に、「規制緩和は事故を増やしていない」という主張の中には、

「デマ」

言わざるを得ない主張も含まれている可能性があるように、筆者には思えます。

。。。。

いずれにせよ、今回のスキーバス転落事故の問題は、貴重な、

「人命」

に関わる問題であり、慎重な議論が求められています。

ついてはこの問題については、筆者もこれから、様々な角度から論じて参りたいと思います。

読者の皆様も、こうした事故が繰り返されないようにどうすればよいのか――を慎重にお考え頂けますと、筆者としても、大変有り難く思います。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

FROM 藤井聡@京都大学大学院教授

引用:http://www.mitsuhashitakaaki.net/2016/01/26/fujii-180/

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