日本は英国から学べるか



まず、離脱の決定は、現在の新自由主義に基づくグローバル化の流れに対して、民意として明確な疑問を突き付けたという点で大いに意義があったと思います。EUというトランスナショナルな政治体を作ろうという試み自体に無理があることが露呈しました。

ただ、国民投票後の報道を見る限り、離脱したとしても、英国の前途は多難ですね。私がそう思うのは、経済の問題ではありません。英国の国民統合が相当揺らいでしまっているのではないかという点です。

いくつかの深刻な分断が英国の国民統合を脅かしています。

第一に、「グローバル化から利益を得ていたエリート層」と「そうではない一般庶民層」との間の分断。

第二に、「グローバル化の恩恵を受けてきたロンドンやバーミンガムなどの大都市」と「それ以外の地方」との分断

第三に、「離脱派が多かったイングランド」と「残留派が多かったスコットランド」との間の分断

これらの分断を解消し、英国が一つの国民国家として今後もうまくやっていけるのかどうか、他国のことながら心配になります。

国民統合さえしっかりしていれば、EU離脱後の英国にはたくさんの政治的、経済的選択肢が生まれるゆえ、短期的には少々経済が悪くなったとしてもあまり心配しなくてもいいでしょう。

しかし今回の国民投票で顕在化したこうした分断が続けば、英国の将来はあまり明るくありません。

前回のメルマガでも書きましたが、福祉政策や民主的意思決定の基礎となるのは、国民の連帯意識にほかなりません。これが得られなくなってしまえば、せっかくEUを離脱したところで、格差是正などの様々な社会政策を円滑に行っていくのは困難でしょう。

「やはり英国はEUに残留したほうがよかったのでは?」などと言いたいわけではありません。EUに残っても、EUには、福祉政策や民主的意思決定を行っていく土台となる人々の連帯意識は欠如しています。平等(再分配的福祉)や民主主義を取り戻すという点で、離脱は賢明な選択でした。ですが、肝心の英国の国民統合を修復し、再生しないと、離脱した意義が消えてしまいます。

では、英国の国民統合の修復・再生の見込みはあるでしょうか。

残念ながら、国民投票後の英国内外の報道や各種の論評を目にしたかぎりでは、これもなかなか難しそうです。

一番問題だと思うのは、EU残留を望んだ側に、離脱派の声に真剣に耳を傾けようとする態度がほとんど見られないことです。

エリート層の多かった残留派は、どうもハナから離脱派を「非合理で思慮の浅い奴ら」とみなしてしまっており、真面目に耳を傾け、対話していく相手と考えていないようです。

各種メディアには、残留派の立場に立ち、離脱派をけなす論評があふれていました。曰く、「理性と感情が戦って、感情が勝ってしまった」「離脱派の政治家のウソの宣伝に騙されただけだ」「離脱派は、すでに後悔しまくっている」「悪しきポピュリズムの発露だ」「移民に対する差別意識が噴出している」「極右勢力が台頭しつつある」などなど…

しかし本来であれば、国民投票の後、残留派は次のように考えるべきでしょう。

「後発組にして半年で月100万円を達成」できるアフィリエイトノウハウはこれしかない。

「国民の半数以上がEU離脱を望んだということは、きっとこれまでのEUのありかたはどこかおかしいのだろう。今後の英国の国づくり、EUや国際社会との付き合い方についてあらためて離脱派の見解を聞きながら、一緒に模索していこう」。

残留派のほうが、教育の面でも、経済的にも恵まれている層が多いということですので、なおさら、彼らのほうから歩み寄って英国民の間に生じた分断を解消していかなければならないはずです。そうでなければ、国民統合の再生は難しいでしょう。

(この点については、昨日の産経新聞にも少々違う角度からですが、コラムを書きました。こちらもご覧ください)

施 光恒「投票日を前に 声にならぬ民意、見下すな」(『産経新聞』(九州山口版、2016年7月7日付)
http://www.sankei.com/region/news/160707/rgn1607070007-n1.html

あと、もう一点だけ。

日本についてなのですが、日本政府や日本の財界は、以前から、英国のEU残留支持にとても熱心でした。どの国よりも、残留支持の強い態度を早くから表明していたといっても過言ではありません。

たとえば、三年前の2013年7月には、次のような毎日新聞の記事がありました。

「日本政府『EUに残るべきだ』 “異常干渉”と報道」
(『毎日新聞』2013年7月21日付)

英国内で欧州連合(EU)からの離脱を求める声が高まる中、英紙サンデー・タイムズは21日、 1面トップ記事で日本政府が英国に対しEUに残るよう、「異常な警告」をして英・欧州関係に干渉したと報じた。

同紙によると、日本政府は英外務省に提出した覚書(メモ)の中で、英国内で活動する日本企業は約1300社で約13万人の雇用を生み出していることを説明し、英国がEUから離脱すれば、こうした雇用が危機に直面すると「異常な警告」をして、EUにとどまるべきだと「異常な干渉」をしたとしている。

日本側には、英国がEUから離脱すれば、英国内で製造したモノを欧州で売る場合に関税や事務手続きなどの点で、これまでにない制限が加わり、 英国内の日本企業に不利になるとの懸念がある。日本政府はこれまでも英政府に繰り返し日本の立場を説明してきた。

今回、覚書という形で明確に警告したことが一部に「異常な干渉」と受け止められた可能性がある…(後略)

他に、今回の国民投票では、トヨタ自動車は、英国法人の全従業員に対して「残留支持」を呼びかけました。離脱してしまったらEU向け輸出に関税がかかるようになってしまって大変だから、ぜひ「残留支持」に投票してくれと依頼する手紙を送ったそうです。

「トヨタ、英従業員に手紙で残留支持訴え 「関税、コスト削減、値上げ……重大な課題に直面する」と(『産経新聞』2016年6月22日付)
http://www.sankei.com/world/news/160622/wor1606220017-n1.html

他に、経団連の榊原会長も、国民投票後に、英国民の選択を強く非難しています。

「ナショナリズム“断ち切り”重要 ~ 榊原会長」
(日本テレビ系(NNN) 6月27日(月)22時45分配信)

 イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利したことを受けて、経団連の榊原会長は、「ナショナリズム」が他の国々に波及するのを断ち切ることが経済にとっても重要であるとの認識を示した。

「イギリスが選択したのはうち向き思想、ナショナリズム、保護主義、孤立主義、そういったグローバル経済と逆の動きですよね。そういった考え方が広がってくる。そういったことを懸念するわけで」

榊原会長はこのように述べた上で、これまでG7(=先進7か国)が築き上げてきた「自由貿易のもとで各国が成長、繁栄していく仕組み」を維持するために、イギリスで起きたようなナショナリズムの動きが他の国に波及していかないよう断ち切ることが大事だとの認識を示した。

普段、「大人しい」「自分の意見をいわない」とされている日本政府や日本人なのに、英国のEU離脱に関しては、他国以上と言ってもいいほど、非常に強く残留派を支持し、離脱派をけなしています。

これにはもちろん、経済的考慮もあるでしょう。

ですが、それだけではなく、日本の政治家や財界人の多くは、いまだに、グローバル化は、常にハッピーで進歩的で、絶対的に正しいものなのだと強く信じてしまっているようです。

つまり、「EUや、EUに体現されている現在のグローバル化の流れは、否定しようがなく良いものだ。人類の理想なのだ。逆に、国の枠組みにこだわることは、後ろ向きで望ましくないことなのだ」という強い思い込みがあるのでしょう。

そして、「グローバル化には、多くの一般庶民に貧困をもたらし生活基盤を破壊する側面もある」とか、「グローバル化に伴い、国民主権を奪われることは、人々の生活にとっても、民主主義の観点からも望ましくないことなのだ」という至極当然のことに思いが至らないのでしょう。

グローバル化によって国民統合に大きな傷を負った英国の将来も前途多難ですが、グローバル化をいまだに妄信する政治家や財界人を多数抱えている我が国の将来もかなり危なっかしいものなのかもしれません。

施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

引用: 『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016/7/8

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