お金って何だろう? 第三回



古代ギリシャの歴史学者のヘロドトスは「リディア王国にて、金銀で貨幣を造り、最初にお金を使い始めた民族である。」と書き残しています。

ところが実際は、そうではありません。アダム・スミスの話も全てウソです。
もともと物々交換が成立していたという歴史などありませんので。

お金というのはリディア王国の遥か昔、その2000年以上前から存在しています。

もともと物々交換をやっていたんだけど、それが不便だから、塩が使われ、砂糖が使われ、金属になり、重さで測っていたけど、硬貨にして刻印を打つようになり、お金が誕生した。

アリストテレスも同じようなことを言っていますが、アダム・スミスの説は基本的に間違いです。

アダム・スミスはお金のことを交換用商品と呼びましたが、これが非常に多くの誤解を招くようになりました。商品なので、「お金自体に価値がある」という認識になってしまいました。この考え方を、経済学は今でも踏襲しており、セイの法則のような理論が存在するようになってしまいました。全て、お金に関する誤解から生まれました。

商品なので、1ポンド銀貨には1ポンドの価値がある、というような勘違いです。お金を貯めるのは銀を貯めることだ、というような。

紙幣はさすがに紙だから、そのようには認識しないけれど、その紙幣の裏側には貴金属の担保があると考えられるようになっていきました。具体的には金(きん)という担保ですね。金本位(きんほんい)制の発想です。

ところが実際は、日本の紙幣の担保は日本国債ですよね。金(きん)なんて全く関係ありません。

昔、英国で、硬貨の端(はじ)を削って、銀を少しづつ集めて銀として売る、という事が流行った事がありました。そのせいで、銀貨が小さくなっていきました。
銀貨が小さくなっていったにも関わらず、それらの銀貨は何の問題もなく、普通に流通していきました。

なぜなんでしょう?

そこに「お金の本質」があります。

1. 価値を表す単位(円、ドル、ポンド、ユーロ、など)。
2. 債務と債券(貸し借り)の記録であること。
3. 誰にでも渡すことが出来ること。
4. その担保。

これらの条件を満たせばお金、という事の証明です。
そもそも、物ではないからです。

では、実際に、世界でお金が誕生したのは、いつなのでしょうか?
実は、古代ギリシャ、リディア王国から遥かに昔のメソポタミア文明の頃です。シュメール人の文明ですね。

本当に、人類史上初のお金はメソポタミアの粘土板です。

例えば「粘土板の所有者に対して、Aさんは100ブッシェルの小麦を渡す」と書かれています。

AさんがBさんから100ブッシェルの小麦を借りました。そこで、借用証書として粘土板を渡しました。BさんはCさんから小麦を100ブッシェル買い、その粘土板を渡しました。その代金の支払いに粘土板を渡しました。

この粘土板、現金紙幣と何が違うのでしょう?
円の場合、債務者は日本政府(日本銀行)だけれど、粘土板はAさん、という違いがあるくらいでしょうか。

当たり前だけども、CさんがDさんへの支払いに使っても、何の問題もありません。

「価値を表す単位」は「ブッシェル」。
「債務と債券(貸し借り)の記録」として、粘土板に書かれている。
「誰にでも渡すこと」が出来ています。

担保については、次以降の動画で説明しますが、間違いなく、この粘土板はお金というわけです。

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